【ちょこっと解説】 炎興元年(西暦263年)、再び牛頭山で駐屯した姜維は飲水がないことで困らされる。夢見の中で諸葛亮が告げたことを信じた姜維は、井戸を掘らせて祭壇を築き祈りを続けた。そして二度兵士を派してみるが「水がない」との報告だけ。姜維は怒りに任せてその兵士たちを斬首に処する。その後、三人目の兵士が見に行くがやはり水がない。このまま戻ればまた斬首に処されることを恐れ、井戸の中を細かに観察する。すると一部分が湿っており水が滴れているのを見つける。喜んだ兵士は人を呼びそこを掘り始めると、水が貯まりはじめ池のようになった。兵士は姜維に「有半池水」と報告すると、姜維は「有半池水也够飲用了」と喜んだという。そしてその後も満ちることもなく、涸れることもなく水位は一定を保ち続けたといい、姜維井と呼ばれることとなった。また嘉陵江が澄めば澄み、濁れば濁るという言い伝えもある。【探訪後記】 何と言うか、こういう山の上にある遺跡を訪れるのはかなり大変だと思う。歩くことは苦にならないし、むしろ好きなのかもしれない。でも山に登るのはかなり嫌いだ。それでも山の上に遺跡がある以上、登らなければならない。まぁ、途中までは車に乗って来られるような道なのだから車に乗ればいいのだけど。貧乏性でタクシーに乗ったりすることができない。登山口からは遊歩道が頂上まで続いている。えっちらこっちらと登っていくが、上りが続くと本当に嫌になる。それでもなんとか頂上付近までたどり着いた。そして姜維井が目に入る。あれか、やっと。なんだやっぱりただの池じゃん。本当に水が湧いているのか。傍らには石碑も立てられているのだが、「井」系はやっぱり微妙なところが多いよな。遠い昔、本当にここで姜維が駐屯していたんだろうか。この水を汲んでいたのだろうか。それでもこうやって伝説が残っていることはすごいことなのだろうな。
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