【ちょこっと解説】 天雄関、当時劉備が牛頭山の山間に造らせたとされる。その後、姜維が魏の鄧艾と鍾会の侵攻を受け、戦う度に敗退を続け沓中(現在の甘粛省舟曲)から葭萌関まで退く。しかし鍾会の大軍を前に不安を覚える姜維は牛頭山山間の天雄関へ兵をひき、しばらくの間ここで守備を固めたとされる。 現在も元明代の関隘や石碑などが残っており、劉備たちを祀った三聖殿などもある。1997年8月25日公布、県級文物保護単位。【探訪後記】 天雄関、ここは結構有名なようで、中国の三国志遺跡紹介本なんかでよく写真が載っている。昭化へは何回か訪れているのだが、天雄関まではまだ行っていなかった。今回は是非とも行ってみようと意気込んでいた。朝起きて、宿に荷物を預かって貰う。そして牛頭山へ向かって徒歩。道路はほとんど舗装されていて、緩やかな坂道をずっと登っていく。途中、牛頭山と天雄関へ行く道に分かれる。まずは牛頭山へ。山登りは嫌いだ。もうすでにヘロヘロになって天雄関の方まで戻る。そこからまた登り道。上の方まで行くと、すでに近くまで来ているのだろうけれど、なかなかたどり着けない。う~ん、どこから登ればいいんだ。何度か迷いながら畑道を登っていくとたどり着いた。大回りをすれば車でも上れそうな道がある。いや、でもやっぱり徒歩でしょう。天雄関と刻まれた石碑と、関門が見えてきたら嬉しくなった。しかし、この二ヶ所をいっぺんに徒歩で回るのはかなり大変だな。
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