村には「呉大帝故里」と「瓜橋埠」の石碑が立つ。
村と河を挟んで南側の畑の中にある亭子。
亭子内には「孫権故里」の石碑が立てられている。
ちょこっと解説
孫権故里、いくつかの言い伝えがあるが、孫権の祖父である孫鐘が瓜を植えて生計を立てていた場所が孫権の故郷とされる。瓜江村もその中の一つで、杭州府志にもここで孫鐘が瓜を植えていたと記載されている。瓜江は富春江の支流で、孫鐘が住んでいた場所は瓜橋埠と呼ばれていた。瓜江にかかる橋があり、港もあったことからこの名前が付けられたとされる。
現在は、孫権故里碑が置かれた石亭、呉大帝故里碑と瓜橋埠碑などが立てられている。村の西側には、明末に建てられた呉大帝廟が残っている。諸説があるなかでも瓜江村が孫権故里である可能性が一番高い。
現在は、孫権故里碑が置かれた石亭、呉大帝故里碑と瓜橋埠碑などが立てられている。村の西側には、明末に建てられた呉大帝廟が残っている。諸説があるなかでも瓜江村が孫権故里である可能性が一番高い。
探訪後記
富陽汽車西站からすぐ近くまで来られるバスがあるのだが、化竹村へも行きたかったので、まず場口鎮までバスに乗ってきた。そこから西南へ約3km歩けば瓜江村へ着く。フラフラと歩いていくのだが、天気が良くてかなり暑い。もう初夏のようだ。途中、瓜江を一度渡り、またしばらく進むと瓜江村の東側へ到着。そこで雄瓜地を見ていると、人民おばちゃんが「あっちにも碑が2つあるのよ。行ってみなさい」と教えてくれた。少し歩くとすぐに呉大帝故里の碑があった。その横には瓜橋埠の碑も。そこから南へ延びる道を行き、瓜江を渡ると今度は孫権故里の碑が置かれている亭子があった。村へ戻って人民じいちゃんと話をすると「今じゃ、孫権故里も龍門鎮に取られてしまって、こっちはただの村じゃ」と残念そうに言う。まぁ、あっちは古鎮とセットで観光地として売り出してるからな。じいちゃん、気を落とさずに。それから、上沙村の方へ歩いていくと呉大帝廟もあったが、すでに物置と化しているようで中には入られなかった。残念。
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