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旱八陣と呼ばれ、孔明が八陣図を敷いた場所。
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ところどころに土塁が残されている。
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入口に立てられた三国八陣図遺址の石碑。
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文物碑: 1981年5月19日公布 成都市文物保護単位「八陣図」
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明代の楊昇庵による「新都県八陣図記」は桂湖にある。
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諸葛武侯や八陣の文字が見て取れる。
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基本情報
ちょこっと解説
探訪後記
1度目に訪れたときは、キレイに整備された遺跡となっていたのだが、5年経って2度目に訪れると荒れ放題だった。地震の影響も少しあったのだろうか、石碑などにはひびが。それは仕方ないにしても、中は草が多い茂り、生活ゴミで溢れていた。居住区に近いので住んでいる人民たちが捨てていくのだろう。せっかく保護されている遺跡がこの有様か。中には浮浪者がテントを張って住み着く始末。五年前の面影がほとんどなく、文物碑も草に埋もれている。地方の小さな街には予算がないのは中国も同じなのだろう。こういう遺跡を保護していく費用の捻出もままならないのかもしれない。だからこそ、近隣住民はゴミを捨てたりしないでキレイに保護していって欲しいものだ。このままではゴミに埋もれて消滅する可能性がある。
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