仙佰坑村にある凌統を紹介した壁画。
仙佰坑村から北へ歩くと全城塢村に入る。
全城塢村凌家堂が凌統の故里だった。
凌統故里を紹介する掲示。凌統像があるらしいが。
基本情報
ちょこっと解説
凌統、字は公績。凌操の子。偏将軍、呉右都督丞烈都尉。揚州呉興郡余杭県(現在の浙江省杭州市余杭区鸕鳥鎮全城塢村凌家堂)の人。
全城塢村凌家堂の凌氏は、全て三点水の淩を使っている。これは凌統が戦功を挙げ、孫権から賜ったとされている。以前は凌氏宗祠が残され、叙倫堂には凌操、凌統の位牌が祭られていたのだが、すでに取り壊されている。現在は、近くの仙佰坑村の方に凌統を紹介した壁画があるのみ。
全城塢村凌家堂の凌氏は、全て三点水の淩を使っている。これは凌統が戦功を挙げ、孫権から賜ったとされている。以前は凌氏宗祠が残され、叙倫堂には凌操、凌統の位牌が祭られていたのだが、すでに取り壊されている。現在は、近くの仙佰坑村の方に凌統を紹介した壁画があるのみ。
探訪後記
ツイッターで知り合った凌統ファンが先に訪れた。もともと中国ネットでは凌統故里であると紹介されているものの、凌統に関する写真などはまったくなかったので、まだ何もないのではと思っていた。しかし実際に訪れたそのファンが、凌統の紹介が描かれた壁画を見つけてきたのであった。それならばちょっと行ってみるかなと思い、今回訪れてみたのであった。杭州からバスを4回くらい乗り継いでたどり着いた全城塢村凌家堂には、凌氏宗祠などがあったらしいが、現在は何もないようだ。地元民に話かけられたので聞いてみたのだが、何も残っていないとのこと。仕方がないので壁画だけは見ておこうと仙佰坑村の方へ歩いて行く。これはすぐに見つかった。そしてすぐ近くにある村委には掲示板があり、そこにも凌統の紹介が掲示されていた。それには凌統像の写真が載せられていたのだが、どこにあるとかという情報はまったくない。それに台座の部分には何も記述がない。確かに凌統っぽい像なのだが、本当にあるのかは疑問だな。まあ、いずれは凌統像ができるのかもしれないし。
位置情報
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