






凌公塘の傍らに立てられた凌統像。
基本情報
ちょこっと解説
漢建安八年(西暦203年)、呉郡の厳白虎が東呉徳王を自称する。孫策は兵を引き連れ、呉郡、烏程、由拳に進撃、当地の凌操、凌統が義兵を引き連れて厳白虎を打ち破る。孫策は凌操親子を配下に入れる。後に孫権は凌統を余杭、由拳に駐屯させる。由拳には野生の稲が群生しており、それを見た凌統は軍民を指揮して稲田の拡張を図る。そのときに開削された塘河は、後に凌公塘と呼ばれるようになった。以前は凌公塘も平湖、海塩へつながっており、船も航行できたが、すでに航路は断たれている。
探訪後記
とりあえず池塘だけだったら行かないのだが、凌統の像が設置されたということで訪れてみた。まあ、嘉興市内にあるので行くのは簡単なのだが。公園内に入ると、けっこう人がいるな。凌統像は遊園地の近くにあったのだが、すでに手に持っている武器の柄が折られていた。まだ設置されてそれほど経っていないはずなのに。やはり恐るべし人民。
位置情報
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