新野に駐留する劉備と孔明がこの場所で議事を行ったとされる。
現在は台上に記念亭が設けられている。
文物碑: 1987年7月公布 新野県重点文物保護単位「漢議事台」
基本情報
【訪問時期】2005年11月10日 / 2013年4月6日
【関連人物】劉備諸葛亮
【文物保護】1987年7月公布 新野県重点文物保護単位「漢議事台」
ちょこっと解説
 もとは議事堂と呼ばれていた。劉備と諸葛亮が議事を行った場所とされる。漢代に建造され、劉備が三顧の礼により諸葛亮を迎えた後、軍国大事を議論する場所として用いられた。晋代以降は兵火により崩れ落ちたが、明万暦年間に再建され、もとは円形だった台も矩形に変えられ、南北長80m、幅4m、高さ5m、レンガ造りとなった。台上には八角の記念亭が建てられている。
探訪後記
 漢桑城と同じく、新野に到着後、バスターミナルにあった地図を見て、大体の位置がわかった。新野県政府の前にあるので、場所はすぐにわかったが、施錠されており上に登れない。隣の家に住むおっさんが出てきたので、「鍵を持っている人はいないの」と聞いてみると、「向かいの県政府の門衛が持っている」と教えてくれた。さっそく門衛にお願いしてみると、お決まりの「どこから来た」との質問。「日本から来たんだよ」と言うと、面倒くさそうに「ちょっと待ってろ」と鍵を探し始める。そして案内してくれた。もちろん漢議事台の上の記念亭の鍵も開けてくれ、ちゃんと見ることができた。これでこそ来た甲斐があったというものだ。門衛のにいちゃん、ありがとう。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】河南省新野県
【 タグ 】劉備諸葛亮
【公開範囲】都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2019年11月23日 18:51
【更新日時】2019年11月23日 19:02