呂布が董卓の首を持って、袁術のもとへ走ったが、ここへ来て張邈のもとへ向きを変え、董卓の首を捨てたとされる。 現在は高さ5mほどの塚が残る。実際は誰の墓か、墓ではないかもわからない。 基本情報 【訪問時期】2008年6月21日 【関連人物】董卓 【文物保護】– ちょこっと解説 董卓、字は仲穎。雍州隴西郡臨洮県(現在の甘粛省岷県)の人。漢献帝代に相国、太師として専横を極めた。その後、養子となっていた呂布によって殺害される。呂布が董卓の首を携えて袁術のもとへ走ったが、ここまで来て張邈のもとへと向きを変え、そのとき董卓の首を捨てた。その首は当地の董卓派に拾われて、この地で埋葬されたとされている。 董卓頭顱塚は、高さ約5m。董卓の首が葬られたとも言われているが、他の人物の墓として扱われることが多い。 探訪後記 位置情報 在野の士であるあなたはこの位置情報を閲覧できません。仕官申請しますか。 投稿情報【カテゴリ】河南省 鞏義市【 タグ 】董卓【公開範囲】都督 大将軍 丞相【掲載日時】2017年12月17日 19:55【更新日時】2019年10月20日 00:47 いいね! 170