七賢祠内部。正面は嵇康、左は阮籍、右は山濤。
近年再建された祠で、建物自体は味気ないコンクリート。
ここは、竹林七賢たちが集っていた場所と言われている。
基本情報
【訪問時期】2013年3月28日
【関連人物】阮籍嵇康山濤劉伶阮咸向秀王戎
【文物保護】
ちょこっと解説
 竹林寺七賢祠、「衛輝府誌」や「輝県誌」の記載では、竹林七賢たちが隠居していた場所とされる。竹林寺はもともと河内の山陽県に属していたが、後に輝県に合併された。現在の竹林寺は、村民によって近年修復再建されたもの。
探訪後記
 開封太郎さんが見つけてきた情報。竹林七賢くらいになると、ちょっと興味が薄れてきてしまうのだが、まあ、とにかく一度は行っておこう。2015年元旦、開封太郎さんと鄭州で落ちあい、輝県へ向かう。今どきと思わせるとんでもないバスターミナルからバスに乗ったので、ちょっと手間取ってしまった。輝県に到着後、街中でバスを降りてしまったので、呉村行きのバスを探すのにも苦労する。ここの人たちは輝県汽車站のことを東站と呼んでいるので、ちょっと紛らわしい。やっとのことで呉村行きバスに乗ったが、このバスは終点まで行かずに、途中で別のバスに乗り換える。バスに乗った時に運転手がそう言っていたのだが、言葉が通じなかったらどうなっていただろう。まあ、なんとか呉村に着き、手前の魯庄で降りた。そこからは百度地図を頼りに徒歩、そして到着。竹林寺七賢祠は近年再建されたもので、コンクリートむき出しの建物なのだが、建て直した気持ちが入っているのでよしとしよう。でも数年後には荒廃しそうだ。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】河南省輝県市
【 タグ 】阮籍嵇康山濤劉伶阮咸向秀王戎
【公開範囲】都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2018年3月8日 21:12
【更新日時】2018年3月8日 21:18
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