建安七子の一人王粲、字は仲宣。その像と仲宣楼。 襄陽城の東南角に位置する。明代に再建されている。 仲宣楼を解説した石碑。 襄陽城の護城河を挟んで仲宣楼を眺める。 基本情報 【訪問時期】2005年11月9日 【関連人物】王粲 【文物保護】– ちょこっと解説 仲宣楼、後漢末期に建安七子の一人である王粲を記念して創建された。仲宣は王粲の字。王粲がここ襄陽で「登楼賦」を詠んだとされる。後、明万暦年間になって楼が修復されている。清代にも何度か修復が行われたが、民国初期に戦火によって消失する。現在の楼閣は1993年に再建されたもの。 探訪後記 王粲に対して大した思い入れもないのだが、ここは行きやすそうなのでとにかく訪れてみる。光栄の三国志でも王粲といえば裏切りのユダなみの扱いで、すぐに裏切るというイメージしかないのだが、実際には建安七子の一人なんだよな。ここには立派な像もあったし、後人が記念して楼まで築いてくれているのだから、それなりの人物だったんだろうか。まあ、襄陽城を見て回るついでに寄ってみてもいいだろう。 位置情報 在野の士であるあなたはこの位置情報を閲覧できません。仕官申請しますか。 投稿情報【カテゴリ】湖北省 襄陽市【 タグ 】王粲【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相【掲載日時】2017年2月18日 18:52【更新日時】2017年3月11日 09:07 いいね! 295