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徐庶故里にある徐庶廟。清嘉慶十七年の「漢徐庶故里」の石碑がある。
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徐庶故里にある徐庶を祭った廟。
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徐庶廟内部。徐庶の像が祭られている。
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徐庶像の近景。
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徐庶を描いた画が飾られていた。
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文物碑: 1992年12月6日公布 湖北省重点文物保護単位「徐庶故里」
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すぐ近くには徐庶故里と書かれた牌坊もあった。
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基本情報
ちょこっと解説
徐庶、字は元直。豫州潁川郡(現在の河南省許昌市周辺)の人。この徐庶故里は単家庄(徐庶の母の姓が単とされる。)にあるが、潁川郡の出身であるとされるので、水鏡の元に身を寄せていたときに居住していた場所かもしれない。徐庶廟は清嘉慶元年(西暦1796年)に建立されたもの。清嘉慶十七年(西暦1812年)に立てられた「漢徐庶故里」の石碑は、現在新しく複製されたものに変わっている。
探訪後記
2000年前後、まだ外国人に対して開放していない都市があった。この南漳県も外国人が訪れるには公安局の許可を取らなければならない街だった。いつから外国人に対して開放されたかは忘れたのだが、2005年に訪れたときにはもう何も気にしなくてもよかったようだ。徐庶故里の徐庶廟、到着したバスターミナルからほど近くにあった。しかし扉が閉まっていて中に入られない。けっこうよくあるパターンだ。隣に博物館があったので、そこで聞いてみる。すると開けてくれるそうだ。いつもならもっと苦労するはずだけど。中はなかなかいい感じで、徐庶が祭られていた。でも魏に行ってしまってからは何をしていたのか、仙人になったという話ばかり残っている。
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