




劉備の麋夫人が身を投げた井戸とされる。
基本情報
ちょこっと解説
娘娘井、糜夫人井とも呼ばれている。糜夫人は糜竺の妹で劉備に嫁いだ人物。長坂橋の戦い時、曹軍の攻撃を受け劉備の家族も散り散りとなる。糜夫人は幼少の阿斗を抱いて右往左往しながら逃げまどう。その後、趙雲が曹軍の包囲を突き破り、井戸の傍らで糜夫人を発見する。しかし、糜夫人はすでに深傷を負っており歩くこともできない。糜夫人は阿斗を趙雲に託し、足手まといになることを嫌い、自ら井戸に身を投げたとされる。後の時代、この井戸は娘娘井と称され、傍らには糜后祠が建てられた。現在、糜后祠はすでにない。
探訪後記
「娘娘井」を発音するのがすごく苦手だ。娘娘と井を分けて発音するのには何の苦もないのに、続けるとどうしても発音が変になってしまう。そこらにたむろっているおばちゃん連中に道を聞いたが、娘娘井の発音で笑われてしまった。くそっ。まあ、それはいいとして、フラフラと何にも考えずに村へ入り、ふらりと道を曲がると到着してしまった。う~ん、こんな事もあるんだな。娘娘井に居たおばちゃんに「こんなところは日本人しか来ないのに」と言われてしまった。あの、私も日本人なんですが。
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