劉備郊天壇はここから登っていく。
もとは漢建安十三年(西暦208年)に設けられたとされる祭壇。
劉備はここで点を祭ったとされる。
郊天壇の武聖廟内部にある劉関張の像。
基本情報
【訪問時期】2008年10月11日
【関連人物】劉備
【文物保護】
ちょこっと解説
 劉備郊天壇、漢建安十三年(西暦208年)、赤壁之戦後に劉備がここで天を祭ったとされる。このとき劉備は諸侯であり、皇帝にのみ許された祭天を行うことはできない。そのため郊天と称して天地を祭った。現在の劉備郊天壇は2003年に再建されたものである。
探訪後記
 磨山風景区までは市バスで簡単に来ることができた。さて、中に入るかと思ったが、こんな場所で門票が40元って何よ。黄鶴楼は50元とかだったし、中国の入場料は異常といえるほど高い。それに高いだけで、それに見合うだけの価値がないところが多すぎ。だからどんどん門票を買ってまで入りたくなくなってくる。これだけ広い場所なんだから、どこかから入られそうな気もするけれど、そんなところだけはしっかりしていて延々と柵をめぐらせてある。
 風景区に入ったはいいものの、雨が降り続いている。だいぶん肌寒くなってきた。道案内標識を頼りに進んでいくものの、あと何百メートルと書かれているわりには、進んでも進んでも残り距離が増えたり減ったり。別に同じ場所をくるくると回っているわけではないんだけれど。役に立たない標識だ。結局3kmくらい歩き風景区の東端の方まで来て、やっと到着。劉備郊天壇の上まで登ると、眺めがよかった。これで晴れていればな。壇内部には劉備、関羽、張飛の像が並べられており、道士がいた。占いは無料。でもなんだかんだ言って寄付をさせようとするタイプだな。劉備郊天壇から階段を下りて行く。一枚、周辺の三国遺跡を記した石碑があった。でもすでに消滅しているものがほとんどのようだ。もっと残っていればよかったのにな。残念。
位置情報
在野の士であるあなたはこの位置情報を閲覧できません。仕官申請しますか。
投稿情報
【カテゴリ】湖北省武漢市
【 タグ 】劉備
【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2016年12月6日 19:31
【更新日時】2017年3月11日 21:12
Loadingいいね!69