もとは鎮政府前にあった董和像。金色に塗られてしまった。
董和像のすぐ近くにある水府廟。
水府廟の外壁には「後漢掌軍中郎将董幼宰故里」と書かれている。
水府廟内にある董和像。
基本情報
【訪問時期】2015年9月20日
【関連人物】董和
【文物保護】
ちょこっと解説
 董和、字は幼宰。荆州南郡枝江県(現在の湖北省枝江市董市鎮)の人。後に西へ遷り、劉璋の元で県令などを務め、功績により益州太守となる。漢建安十九年(西暦214年)、劉備が益州を占領すると、董和は掌軍中郎将に任ぜられ、諸葛亮とともに内政に努める。董市鎮では董和を記念して鎮政府前に像を立てたが、後に水府廟前に移された。
探訪後記
 中国ネットを検索していると董和像を見つけたので、調べていると董和故里にある像だとわかった。もとは鎮政府の前に全身の像が立てられていたのだが、いろいろと問題があったようで、像の上半身だけが水府廟前に移されたということだ。以前は色が塗られておらず、けっこうよさげな像だったのだが、今ではなぜか金色に塗り上げられてしまっている。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】湖北省枝江市
【 タグ 】董和
【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2016年9月21日 19:53
【更新日時】2017年3月7日 07:44
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