丁奉墓の跡地。雑草が覆い茂っている。
丁奉墓遺址の碑文。墓跡から少し離れた場所にある。
丁奉墓遺址から剣などを発見した、御年86歳の人民爺様に案内してもらった。
基本情報
ちょこっと解説
丁奉、字は承淵。揚州廬江郡安豊県(現在の安徽省霍邱県)の人。勇猛な部将で、戦場では数々の武功をあげている。孫亮が帝位につくと冠軍将軍都亭侯に封ぜられた。孫皓の時代になり、呉宝鼎四年(西暦269年)、建衡元年(西暦269年)に晋を攻撃するが戦果を挙げられず、孫皓の怒りを買う。そして印山で隠居したとされ、呉建衡三年(西暦271年)に死去、この地に埋葬されたと言われている。また印山の地名は丁奉が金印を捨てたことに由来する。
探訪後記
陸渓鎮から印山へ向かうことにする。バスもあるらしいので、かなり待ってみるが来ず。今日は赤壁の街まで帰りたいので時間もあまりない。バイタクでもいないかなと待ってみるが、嘉魚へ行く乗り合いタクシーばかり。やっとのことで一台の三輪バイクを見つけて、印山へ行ってもらうことにした。印山に着いて、人民に聞き込みをしてみる。すると爺様が案内してくれるそうだ。実はこの爺様が丁奉墓から出土品を見つけたのだとか。その近くの婆様は、その後の発掘作業を手伝ったそうだ。いや、これなら間違いないですな。爺様に連れられて歩く。ちょっと距離があるのだが、歩いている間はずっと爺様が「わしが剣を見つけたんじゃ」などと自慢話を続ける。そして墓の跡に到着した。雑草が覆い茂っていて、あまりよくわからないのだが、爺様がいろいろと説明してくれた。しかし、爺様の言葉なのであまりよく聞き取れないんだけどね。「碑文もあるはずなんだけど」と聞いてみたが、爺様は知らなかった。でも中国ネットで紹介されていたのだと、この近くにあるはずなんだが。ちょっと墓跡周辺を探してみる。しばらく探していると、少し離れた場所に碑文を見つけた。爺様の所へ戻って「碑文もあったよ」と伝えると、爺様も見たいようで、連れてもう一度碑文の場所まで。御年86歳の爺様、元気だけれども歩くスピードはさすがに遅かった。
位置情報
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