赤磯山古戦場、現在は何もない。道脇に説明文のみ。向こうは長江。
赤磯山、又の名を赤壁山。採石によって原型を留めていない。
赤磯山三国古戦場遺址の説明文。以前は文物保護碑だったようだ。
学校に掲げられた、赤磯山古戦場のレリーフ。赤壁之戦の地だったとされる。
基本情報
【訪問時期】2019年12月31日
【関連人物】曹操周瑜孫権諸葛亮黄蓋
【文物保護】
ちょこっと解説
 「大清一統誌」内の「水経注」からの引用に「應在嘉魚縣東北與江夏接界處、上去烏林二百里。」とある。このことから赤壁古戦場は、現在の武漢市江夏区の赤磯山であったとされる。清末の著名な地理学者である楊守敬などが肯定していた。
 周囲には、三国代の古葬墓が点在しており、青銅剣などの兵器も多数出土している。対岸の紗帽山と対峙し、赤磯山は赤壁山と呼ばれ、その東側には南屏山祭風台もあったとされる。現在の赤磯山は1970年代に採石によって破壊され、原型を留めておらず、湖のようになっている。
探訪後記
 とりあえず、ここも赤壁之戦があった場所だと言われていた。ネットで文物碑の写真を見かけたので、訪れてみることにした。武昌火車站からバスで直接行けるが、距離があるので時間がかかる。あとバスの乗り場がかなりわかりにくかった。
 バスを降りた後は、徒歩で。道路の案内標識には「三国赤壁古戦場」とある。まさかこの期に及んでまで蒲圻の赤壁と張り合うつもりか。地元人民に訪ねながら、文物碑を探す。なんとか見つけることはできたのだが、すでに保護文物でなくなったのか、説明文のプレートに変えられていた。そこから長江の方へと歩いてみたが、特に何もなく。赤壁山と言われていた場所にも何もなく。まあ、だいたいこんなもんなんだよな。
関連遺址
赤壁古戦場
赤壁古戦場

[ 赤壁 ]
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】湖北省武漢市
【 タグ 】曹操周瑜孫権諸葛亮黄蓋
【公開範囲】大将軍 丞相
【掲載日時】2020年12月8日 21:07
【更新日時】2020年12月31日 18:14
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