静恵山公園内に設けられた子龍祠。
祠内部中央には老子龍の像が祭られている。
阿斗を懐に抱え、白馬にまたがる趙雲像。
「漢順平侯趙公子龍神位」の石碑。大きい。
祠の近くに建てられた望羌台。
基本情報
【訪問時期】2003年1月19日 / 2003年9月22日 / 2008年9月9日
2011年2月7日 / 2012年5月9日
【関連人物】趙雲
【文物保護】1996年6月19日公布 四川省重点文物保護単位「趙子龍祠墓」
ちょこっと解説
 子龍祠、漢順平侯趙雲を祀った祠。子龍墓前に建立されたが、何度も興廃を繰り返している。現在、職業高級中学内に残る子龍祠は、清康熙四年(西暦1665年)に知県李徳躍によって再建され、その後乾隆、嘉慶年間に三度の補修拡張を受けている。1930年代には公園となり荷池、築月台なども造成されている。その後、学校校舎が建設された。子龍墓は跡地が辛うじて残っている程度。
 2009年現在、職業高級中学は移転が決まり、大邑県は投資を募って子龍祠、子龍墓を再建する方針。
 静惠山公園内、山上の子龍祠は新しく建てられたもので、規模はかなり小さくなっている。すぐ近くには望羌楼なども建設されている。今のところ、こちらが子龍祠として機能している。
探訪後記
 子龍祠、元々は現在の職業高級中学敷地内にあったのだが静惠山公園内に遷された。職業高級中学内には子龍祠の廃墟となった建物が残っているのだが、校門の守衛が頑なに中へ入れてくれないことで有名。2003年9月に、一緒に行った日本人のおじさんは「あんなやつら、絶対首にさせてやる」と怒り心頭。そこには趙雲墓もあったのだが、残念。静惠山公園の方は、現在入場も無料となり簡単に入ることができる。山上の子龍祠も規模は小さいがじいさん趙雲像が祀られている。地元のじいさんばあさんの溜まり場になっているようだ。近くには望羌楼もあり、いちおう趙雲ゆかりの地となっているようだ。
 さて、職業高級中学の方なのだが2008年にやっと中へ入ることができた。四川大地震の後、職業高級中学ではなく被災した小学校や中学校の校舎として使われているようで、頑固な門衛もいなくなっていた。中へ入ってみると、子龍祠であったであろう建物が残っている。しかし、元々ボロボロだったことに加え地震の被害で崩壊寸前。近くにまでは近寄ることができなかった。再建する気もないだろうし、今後はいったいどうなってしまうのだろう。趙雲墓の方は確認できなかった。ちなみに静惠山公園内の平雲亭の元のデザインになったであろう子龍閣は、かなり危険な状態にになっているものの以前の姿を留めていた。
関連遺址
山重子龍廟
山重子龍廟

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位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】四川省大邑県
【 タグ 】趙雲
【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2017年5月20日 19:20
【更新日時】2017年5月20日 20:22
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