残念ながら廟は残っていない。照壁の造りからいって、立派な廟だったであろう。
照壁上部には「三義廟」の三文字が。
照壁の裏面。凝った模様も入れられていた。
基本情報
【訪問時期】2012年5月9日
【関連人物】劉備関羽張飛
【文物保護】
ちょこっと解説
 大邑県誌には、清咸豊年間に再建されたと記載されているが、再建前の三義廟がどうであったか、いつの創建だったなどかはわかっていない。現在は大門前にあった照壁のみが残されているのみ。高さは20数メートル。照壁の一部は、汶川大地震で崩れ落ちた。照壁の上部には「三義廟」の大きな三文字が残る。
探訪後記
 大邑に来たのは何回目だろうか。その度に訪れているのは子龍祠なのだが、この三義廟照壁の存在は、最近まで知らなかった。というのも今回、再建中である趙雲祠墓の進行具合を確かめたくネットで検索していたのだが、完成したという情報をまったく得られず、そのときたまたま見つけたのがこの三義廟照壁だった。趙雲祠墓の方は、資金不足なのか未だに完成しておらず、中にいた工事のオヤジどもがバツ悪そうに中を隠そうとしている。三義廟照壁、廟本体はもうすでに消滅しているのだが、こうやって照壁だけが残されている。周辺には自転車屋が密集していて、照壁の周りも自転車だらけ。写真を撮っていると「あんなもの、どうするのよ。」と聞こえてくる始末。ネットの情報だと地元では皆大事に思っていると書かれていたが、実際にはこんなものだ。地元民からすれば「あんなもの」なので、ふとした瞬間に破壊されてしまうかも知れない。そう、ここは中国だから。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】四川省大邑県
【 タグ 】劉備関羽張飛
【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2017年5月14日 20:21
【更新日時】2017年5月14日 20:43
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