高さ2mほどの城壁跡が、約300m四方に続いている。
城壁跡以外は、農地となってしまっている。
「諸葛営古城」の文物保護範囲を示す杭。
文物碑「漢営古建築遺址」も立てられている。
文物碑: 1987年12月21日公布 雲南省重点文物保護単位「諸葛営遺址」
基本情報
【訪問時期】2008年9月26日
【関連人物】諸葛亮
【文物保護】1987年12月21日公布 雲南省重点文物保護単位「諸葛営遺址」
ちょこっと解説
 諸葛営遺址、東西320m、南北380mの漢晋代城跡。発掘調査では、大量の漢晋代の幾何紋レンガや巻雲紋瓦などが出土している。現在も高さ2mから4m、上部で幅9mほどの城壁跡が残っている。
 村内にあった武侯祠には明宣徳年間の石碑があり、村の民は諸葛亮の南征後に残された者たちであり、旧漢人と呼ばれているとのこと。その後、明代の移民である漢族とは区別される。村の名称である漢営は、「蜀漢軍隊安営屯兵」の意味だと言われている。
探訪後記
 保山に諸葛営遺址があることは知っていたのだが、漢営村ってどこだよ。地図帳では村の位置までは記載されていないことが多いので、行くかどうか迷っていたのだ。結局、先に騰衝へでも行ってこようと、保山から高速バスに乗り込んだ。保山を出て高速道路に入り、しばらく走っていると、道路脇に「漢営」と書かれた標識が目に入った。「あれ、ここなのかな」と思っていると、連なった土盛りが壁のようになっている地形も目に入る。どうやらここらしい。持っていたGPSにマークを入れておいた。さて、数日後に保山まで戻ってきた。せっかくだから諸葛営遺址へも行ってみることにした。近くまで行くバスを探し、あとはGPSを頼りに歩いていく。しばらくすると文物碑も見えてきた。到着だ。土盛りに沿ってぐるっと一回りしてみることにする。周りには保護範囲を示す石碑が数多く立てられている。もちろんそうであっても畑になってしまっているのだが。もう一枚、文物碑が目に入った。「諸葛営遺址」と刻まれている。うん、なかなかおいしい遺跡だった。満足である。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】雲南省保山市
【 タグ 】諸葛亮
【公開範囲】都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2018年3月2日 00:42
【更新日時】2018年3月2日 18:21