五尺道の傍ら、孔明が刻んだとされる「毒水」の文字が見て取れる。
孔明の南征、進軍する蜀軍はここで水を飲み、体調を崩す。
文物碑: 2002年12月31日公布 曲靖市第一批文物保護単位「五尺道九龍山段(含毒水石刻)」
基本情報
【訪問時期】2010年2月11日 / 2019年1月2日
【関連人物】諸葛亮孟節
【文物保護】2002年12月31日公布 曲靖市第一批文物保護単位「五尺道九龍山段(含毒水石刻)」
ちょこっと解説
 建興三年(西暦225年)南征を開始した諸葛亮が率いる蜀軍は、炎天下の中この山中を進軍する。兵士達はこの場所で見つけた泉から湧き出た水を飲んで喉の渇きを癒そうとするが、この水を飲んだ兵士達は言葉を発せなくなっていった。これを知った諸葛亮はそばにあった岩に鞭で「毒水」と書し、石匠に刻ませて、兵士達に注意を促したとされる。
探訪後記
 2009年5月に一度挑戦したのだが、山中を彷徨って失敗。ネットで見つけた地図を参考にしたのだが、河を挟んで逆側から行こうとしたのが失敗の原因だったようだ。今回、ネットで新たな情報を見つけ、それを参考に進む。しかし、あまり当てにならない情報だったようで、結局方向を確認して人民に聞き込みをしながら進んで行った。今回はちゃんと近づいていったようで、進むにつれて知っている人民も増えてきた。山の上までたどり着くと目の前に変なおっさんが二人。なんだろうなと思いつつ、近づいて聞き込みをする。するとおっさん達が「ここから先は入られない」と言い出す。実はこの時期、雲南省は旱魃で山火事も発生しており、このおっさん達は見張り番だったのだ。せっかくここまで来たのにまた見られないのは悔しい。やはりゴネるしかないだろう。日本人だということを目一杯にアピールする。一人のおっさんは「ダメ」の一点張りだったが、もう一人のおっさんが「仕方ないな、わしがバイクで連れて行ってやる」と言ってくれた。もちろん火気厳禁。こっちも無理を言ってお願いしているのだから、相手のことも尊重しなければならない。そして毒水へ到着。五尺道の傍ら、それほど大きくない岩に二文字が刻まれている。近くにあるらしい泉は確認できなかったがかなり満足だ。見張り番のおっちゃんにもお世話になってしまった。ありがとう。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】雲南省曲靖市
【 タグ 】諸葛亮孟節
【公開範囲】都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2019年1月9日 20:10
【更新日時】2019年1月12日 21:30