高さ約6mの台が残る。司馬懿はここで軍の指揮を執ったとされる。
即決戦を望む孔明だが、司馬懿は孔明の辱めにも絶え、守備に徹する。
拜将台から南を望む。晴れていれば五丈原台地も見えるはず。
基本情報
【訪問時期】2013年6月24日 / 2016年3月25日
【関連人物】司馬懿
【文物保護】
ちょこっと解説
 蜀建興十二年(西暦234年)、諸葛亮最後となる蜀の北伐軍が五丈原豁落城で陣を張る。対する司馬懿率いる魏軍は、渭河を挟んでその北側約12km同じく台地が広がる三刀嶺で対陣する。現在、司馬台と称される台地には、司馬懿拜将台と呼ばれる司馬懿が魏軍を指揮した、高さ6mの土台が残る。
探訪後記
 敦煌から列車で移動。朝、蔡家坡火車站に到着する。荷物は火車站前の商店で預けて、さっそく行動開始。火車站前から三刀嶺村まで行けるバスがあるはずなのだが、待っても来ないので違うバスに乗り込んで近くまで行く。そこからは徒歩。三刀嶺村に到着、何人かの人民に聞いてみると、やはり山の上にあるとのこと。山登りは嫌いなのだが仕方がない。登られそうな山道があるところを登っていく。しばらく登っていくと養鶏場に出た。バイクや車もあったので、車道もあるんだろうね。そこにいた人民オヤジに聞いてみる。目の前に見える山が司馬台だそうな。たぶんこの上に司馬懿拜将台があるのだろう。川のような用水路にかかる橋を渡って、さらに登っていく。山上に近づくと不自然な形をした土盛りがあった。これが司馬懿拜将台に違いない。その台の上からの眺めはいい。北側は台地になっていて畑が広がっている。南側は蔡家坡の街。生憎小雨の天気で五丈原の方までは見えなかった。残念。この台の上で司馬懿が女装していたのかな。もしここに像が立てられることがあるのなら、是非とも女装した司馬懿像でお願いしたい。
位置情報
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投稿情報
【カテゴリ】陝西省岐山県
【 タグ 】司馬懿
【公開範囲】校尉 都督 大将軍 丞相
【掲載日時】2018年3月10日 21:31
【更新日時】2019年1月12日 21:26
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