三国遺址探訪:三国志遺跡をおもいっきり巡る旅にでよう!
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更新:2007年12月23日
遺址名
【所在地】
 臨漳県習文郷趙彭城村
【行き方】
 臨漳から3路バスに乗って、習文郷交差点で下車。公路を東へ約1.4km、そこから南へ約1km行くと張彭城村に着く。さらに南へ600mほど行き、東へ350mほど。そこから畑に入って南の方へ350mほど。邯鄲磁県から習文を通過するバスもあるが本数は少ない。磁県安陽の境、漳河橋から習文までは西へ約5.2km。

写真
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魏
呉
蜀
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【訪問時期】
 2006年9月19日

【ピンイン】
 cáo huàn mù

【関連人物】
 曹奐

【ちょこっと解説】
  曹奐(本名は曹璜)、字は景明。魏武帝曹操の孫で王曹宇の子。魏の第五代皇帝。先代皇帝の曹髦が司馬昭に殺害された後に即位したが、傀儡的立場の皇帝となる。司馬昭死後、司馬炎に禅譲を迫られ、帝位を譲り魏は滅亡。曹奐は陳留王におとされた。諡号は元。
  曹奐墓、封土は南北長64m、東西長51m、高さ4.6m。現在、周囲は耕地となっているが、墓の煉瓦などが散乱している。「嘉靖彰徳府志」や「光緒臨漳県志」には「曹奐墓臨漳県彭城村。」と記載されている。1986年に国家考古隊が調査したが、まだ発掘はされていない。1992年7月15日に省級文物保護単位に指定されている。

【探訪後記】
  曹操栓馬桩のところでじいさんに場所を聞いてみたが「知らん」と言われる。ネットで調べた情報を元に、しばらく歩いてみるとすぐにそれらしいところが見えてきた。小さな祠のような物が目印だ。さてさて見つけたはいいが、そこまで辿り着く道がない。仕方ないので畑の中を歩いていく。農作業中の人民が「あっちからまわるといいぞ」などと教えてくれるが、畑を突っ切ってしまった。墓の周りで碑を探してみると、一枚の文物碑らしき物が倒れている。おこしてみたが曹奐墓を示す碑ではなかった。残念。

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