【ちょこっと解説】 【探訪後記】 周倉は架空の人物なのだが、ここが故郷なのだそうだ。三国演義では関羽に付き添い活躍しているし、関帝廟では必ずと言っていいほど関羽像の横に周倉像もある。しかし三国正史の方には全く記載がない。でもこうやって故郷とされる場所に廟があったり、当陽には墓もあるので、もしかしたら周倉のモデルとなる人物が本当に存在したのかもしれない。 たまたまネットで検索していたら、写真付きで周倉廟が紹介されてたので、運城まで来たから訪れてみた。地図で確認すると、街からちょっと離れているし、部官からも距離があるようだ。とにかく部官まで行ってみようと、バスターミナルで人民おばちゃんに聞いてみると、街外れからバスが出ているとのこと。そこへ行ってバスを探すと黒窯行きのバスが停まっていた。地図を見てみると西祁村も通りそうな感じ。バスに乗っていた人民に聞いてみると、このバスで行けるそうだ。乗り込んでしばらく待つ。1時間に1本のようだ。西祁へ到着、村人に聞き込みして周倉廟まで行く。残念ながら廟には施錠されており、中へ入ることができなかったが、覗いてみると真ん中には関羽らしき像が。「これってありなの」と思ったのだが、真相はわからない。傍らには見慣れた格好の周倉の肖像画が掛けられていた。廟の前には漢桑城のようなものもあったし、半分に割れた石碑には何やら周倉の名前が刻まれている。これってもしかして墓碑なのか。肝心な部分がない。しかし、なかなか楽しめる場所だった。
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