三国遺址探訪:三国志遺跡をおもいっきり巡る旅にでよう!
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更新:2008年12月22日
遺址名
【所在地】
 泗洪県臨淮鎮臨淮村
【行き方】
 泗洪汽車站から市バス2路に乗り、終点の洪中汽車站へ。そこから臨淮行きに乗り換え、終点で下車。下車後、大通りを東へ向かって200mほど行くと、公安派出所の向かいに泗洪県臨淮文聯漁網厰があるので、門を入って左手。

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魏
呉
蜀
【周辺地図】
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【訪問時期】
 2006年9月27日

【ピンイン】
 zǐ jìng quán

【関連人物】
 魯粛、周瑜

【ちょこっと解説】
  魯粛、字は子敬。臨淮郡東城県(現在の安徽省定遠県永康鎮)の人。地方の豪族、裕福な家庭に育つ。後に居巣の周瑜と共に孫策の元へ。孫策の死後、孫権に重用され数々の功績を挙げる。建安二十二年(西暦217年)に病死。
  子敬泉、建安三年(西暦198年)に周瑜が数百人を携えて、ここに魯粛を訪ねて来た。周瑜の糧食援助の求めに対して、魯粛は応じる。そして二人は友となり、地を掘って泉を当て、その水を酒の代わりにしたとされる。その後、魯粛の家人が井戸とし子敬井とも呼んだ。魯粛はその後、情勢悪化のため、故郷であるここを離れ臨淮郡東城県へ移っている。
  1986年の文物普査で子敬泉も探し当てられ、臨淮政府が亭を築き、保護をした。

【探訪後記】
  以前、中国のサイトで子敬泉の情報を見つけた。ちゃんと保存されているような記述だったので、近くまで来たときに行ってみることにした。そして泗洪に到着。宿をとって、バスターミナルへ戻り、臨淮行きのバスを探すが見つからない。売店へ行ってみると泗洪の地図が売っていたので買うことにする。ついでに売店のおばちゃんに「臨淮行きのバスってどこから乗るの」と聞いてみた。「そこから市バスに乗って洪中へ行きなさい」と教えてくれた。言われたとおり行ってみると、臨淮行きのバスを発見。それに乗って臨淮に到着。
  さて、臨淮に着いたはいいが、肝心の子敬泉はどこにあるのだろう。道路の中心に立つ記念碑らしきものには「魯粛の故郷だよ」と書いてある。近くの人民に聞いてみた。「あっちだよ」といつもながら簡単な答えだ。まぁ、行ってみてまた誰かに聞こう。しばらくフラフラと歩き回る。裏道を歩いて、工場の倉庫らしきところを覗いてみると、何か池の中に亭らしきものがある。勝手に入っていくのも悪いかなと思いつつ、行ってみると子敬泉だ。発見。う~ん、井戸っぽい造りだが、池の中じゃ...。

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