三国遺址探訪:三国志遺跡をおもいっきり巡る旅にでよう!
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更新:2009年1月6日
遺址名
【所在地】
 亳州市譙城区建安路
【行き方】
 市バス2路「中心汽車站」で下車、光明路との交差点から建安路を北へ約130m行くと、道路西側約40mのところに文物碑と台地がある。

写真
写真
魏
呉
蜀
【周辺地図】
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【訪問時期】
 2008年5月27日

【ピンイン】
 bā jiǎo tái

【関連人物】
 曹操

【ちょこっと解説】
  曹操が功績のあった将士を賞したり、故郷の人々を歓待するための場所で、もとは八角形の台地であったため、八角台と称されていた。当時、曹操が故郷の人々達に誓いを立て、曹洪らと契りを結んだ場所でもあるため、拜交台とも称されていた。
  呂布を除き、官渡で袁紹に大勝、建安七年(西暦202年)正月に曹操は故郷へ戻り、八角台上に大饗堂を建て、将士を賞し、故郷の人々にも感謝を示す。併せて「軍譙令」を発している。また若き日の曹操が董卓の暗殺に失敗し故郷へ逃げ戻った時には、八角台上で再起を誓い、曹洪、曹仁、夏侯惇、夏侯淵らと血酒により契りを結んでいる。
  八角台上の大饗堂はすでに存在していない。1982年7月公布、亳州市重点文物保護単位。

【探訪後記】
  渦陽からバスに乗り、亳州の街へ入った。車窓から外の景色を見ていると「あれ、なんだろう文物碑じゃないか」と目に入った物体。翌日、いったい何なのかを確認しに行く。文物碑には「八角台」と刻まれていた。碑の裏の説明文には、ここも曹操関連の遺址という説明があった。その後、曹操運兵洞で買った「亳州名城名勝」という書籍にも八角台の解説が載っており、かなり嬉しい。まぁ、現在は文物碑の後方に土が盛り上がった台地上の場所が残っているだけなのだが。こういう場所は文物碑が一枚あるだけでかなりありがたい場所へと変化するのだ。

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