【周辺地図】
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【訪問時期】
2008年6月8日
【ピンイン】
zhāng liáo mù
【関連遺址】
◆張遼墓 - 合肥 ◆張遼衣冠墓 - 合肥
【関連人物】
張遼
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【ちょこっと解説】 【探訪後記】 ネットで調べていると、河南省にも張遼墓があるとのこと。とある中国人のブログには「俺の村には張遼墓があるんだぜ」と誇らしげに書かれてた。ほんまかいな。 今回、許昌での三国遺址捜索には、開封から開封太郎さんも駆けつけてくれた。二人で「とにかく行ってみよう。なかったら、あの中国人のブログは炎上ね」と言いながら長葛へ。バスで董村へ向かう。董村へ着いたはいいものの、張湾村へ行くバスはなかった。近くを通るバスもないようだ。さすがに歩いて片道8kmはつらい。人民に聞いても「タクシーかバイタクで」と言われる。二人でバイタクを探してみるが、全然見つからない。できれば少しでも安くつくバイタクの方がいいのだが、見つからないので、開封太郎さんが店の人に頼んでタクシーを呼んで貰うことにした。そのとき、私の目の前にバイタクが。とっさにとっ捕まえ、張湾村まで行って貰うことにした。二人を乗せた三輪バイクはまっすぐ北へ。なんとか張湾村に到着。おばちゃん達がたむろっていたので、張遼墓のことを聞いてみる。するとおばちゃん達も知っていた。おばちゃん達でさえ知っているということは、もう存在する確率は100%と言ってもいいだろう。バイタクのおっちゃんが道を詳しく聞いて、連れて行ってくれることになった。張湾村の隣、沈湾村にある。到着。けっこう大きな土盛りだ。そして文物碑が。残念ながら張遼墓とは刻まれていないが、張庄漢墓と刻まれている。地元では張遼墓と言われているようだ。ネットで調べても詳しいことは出てこない。それでも二人で大喜びしたのは言うまでもない。
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