三国遺址探訪:三国志遺跡をおもいっきり巡る旅にでよう!
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更新:2011年6月8日
遺址名
【所在地】
 鳳県南星鎮連雲寺村
【行き方】
 鳳県汽車站向かい側あたりで漢中行きバスなどに乗り連雲寺で下車。316国道の村の入口から、南へ約40m入り、東へ約70m、連雲寺村88号の民家の納屋内。

写真
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魏
呉
蜀
【周辺地図】
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【訪問時期】
 2010年10月3日

【ピンイン】
 chén cāng gǔ dào yí zhǐ

【関連人物】
 諸葛亮、郝昭

【ちょこっと解説】
  陳倉道、秦代にはすでに開通していた。嘉陵道とも呼ばれる。陳倉(現在の宝鶏)西南の大散関から嘉陵江に沿って略陽、そして漢江支流に沿って漢中まで延びていた。蜀建興六年(西暦228年)に諸葛亮が率いる蜀軍が陳倉道を北上し、陳倉城を包囲するが、城を守る魏の郝昭の前に打ち破ることができず、撤退することとなる。
  陳倉古道遺址、清乾隆四十九年(西暦1784年)の碑には「対面古陳倉道」と刻まれている。鳳県重点文物保護単位。元は屋外に立っていたが、倒れたために向かい民家の納屋内にて保管されている。

【探訪後記】
  国慶節の連休でここまでやってきた。宝鶏からは、鈍行列車で。鳳県は、確か対外未解放でバスなどで通過するだけでもダメだったはず。でもそれも一昔前の話になっちゃったのかもしれない。鳳県火車站に到着後、バスで街中まで。さてそこからどうやって連雲寺村まで行こうか。どうやら漢中行きのバスがそこを通過するようなのだが、帰りも列車で戻ろうと思っていたので、タクることにした。そして山道を走り連雲寺村へ。村に到着後、タクの運ちゃんが聞き込み、陳倉道の碑を探す。タクの運ちゃんが話しかけたじいさんが知っていた。というかこのじいさんの家の納屋に碑が保管されていた。中へ入って見せて貰った。電灯もないので暗い。フラッシュを持ってきていなかったので、カメラの感度を上げて撮影。なんとか見られる程度に撮すことができた。話によると、まだ塚とかがあるらしいのだが、特に三国志関連というわけでもなく、そこまで行かなかった。村からもう少し南下すると陳倉道なのだが、特に何も残っていないようだ。また機会があれば散策してみようかな。

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