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墓道から続く関陵の大門。
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清道光十年の「忠義神武霊佑仁勇威顯関聖大帝漢前将軍漢寿亭侯墓道」の石碑。
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関羽の胴塚。明万暦の「漢寿亭侯墓」の石碑がある。
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やはりある関羽、関平、周倉の像。
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基本情報
ちょこっと解説
「頭枕洛陽、身困当陽」と言われているように、関羽は殺害されたのち、その首は曹操の元へ送られ、胴体は当陽にて葬られたとされる。漢代末期にはすでに墓が造成されており、後の歴代王朝によって修復拡張が行われている。現在の建物は明代の建築様式を残す。ただし本当に関羽の胴塚であるかはわかっていないが、三国時代の古葬墓であることは確かなようだ。
探訪後記
洛陽の首塚、当陽の胴塚。三国志が好きなら、やはり関羽が関連する場所は訪れておくころになるだろう。歴代王朝も好き者が多くて、関羽に対しては他のどんな人物よりも大事にしてきているようだ。現在に至っては財神とされているので、拝金主義の絶好の信仰対象になっている。まあ、そんなことはどうでもいいのだが、やはり関羽の墓とされるだけあって、他の墓よりは立派だよな。
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